CYDONIA
エピローグ
『愛するチャチャピ、それからムサシ。
これを読むとき、おれはもうこの世にいないだろう。
チャチャピ、おれの太陽。咲き誇る鋼鉄のヒマワリよ。
君に平手打ちを食らった瞬間、おれは君にぞっこんになった。
君が結婚を承諾してくれたときには、騙されているんじゃないかとさえ思った。
出会ったとき熟女が好きっていったけど、あれは「君が熟女になっても好き」という意味だ。
熟女じゃない君も最高だ。まな板最高。まな板に永遠の祝福あれ。
ムサシとおれの仲が良すぎて嫉妬していた君も綺麗だ。嫉妬は君を輝かせるんだ。
マイスイートハート。君の作った熱々のミートパイが恋しいよ。
できれば焦げてないやつで頼む。
ムサシ、おれの親友。
親方から紹介されたとき、なんだこのネコ野郎って思ったけど、お前は最高のパートナーだった。
いつも一緒にクソくだらない話題で盛り上がったっけな。
ブルにヤギのクソを食らわせるアイデアはバカバカしくて最高だったぞ。
せっかくだから、正直に告白しよう。
お前がやつに暴行されて目覚めなくなってしまったとき。
伏せた睫毛が長くて、端正な顔立ちをしているなと思った。
ネコ野郎なのに眠り姫みたいだった。
おれとしたことが、ネコ野郎にうっかりトキめいてしまった。
どうしよう、おれにはチャチャピという最愛のハニーがいるのに!静まれおれのハート!
まあ、それは冗談だけど。
お前はけっこうイケてるぞ。もっと自信をもて。
いつかチャチャピみたいな太陽が現れることを祈ってる。
じゃあな相棒』
「ひ、人の遺書を音読するのはやめろおー!!」
顔を真っ赤にして叫んだのは、誰あろうママルカ本人だった。
ぶっちゃけよう。あろうことか、ママルカは生きていた。
不滅隊に入ってウルダハを守るといって出ていき、そしてそのまま戻らず、大いなるエーテルの奔流に還ったと思われていたママルカが、なんと、ある日ひょっこり帰ってきた。
以前よりさらに色黒になり、 髪型はモヒカンになり、しかもヒゲまで蓄えているが、間違いなくママルカだ。
帰還までに何故ニ年以上かかったのかというと、これがまたママルカらしい間抜けな話だった。
カルテノーの惨劇が起きたまさにあのとき、ママルカは戦場で伝令として走り回っていた。
リンクシェルが使い物にならず、走って命令を伝えよなどと無茶振りされ、必死で戦場を駆けまわっていたそうなのだが、上空で忌まわしき黒竜が生まれた瞬間、でこぼこに躓いて壮絶に転んだ。
その瞬間、猛烈な熱風が背中と尻を焼き、その衝撃で気絶して、目が覚めたらあたりはすべて焼きつくされていたらしい。
周りにひしめいていた兵士たちの身体が爆風を遮ったために燃え尽きないで済んだらしいが、とにかくあたりは壮絶な有様で、ママルカともあろうものがショックで記憶喪失になってしまったそうだ。
話を数日前に戻そう。
ママルカは唐突にチャチャピの家に現れて、開口一番、こういった。
「後頭部の毛が生えなくてまいったよ。背中も火傷したし、おれのプリケツが残念なことに…」
たまたま俺は刈入れの手伝いにやってきていて、チャチャピの家族とともに休憩をとっているところだった。
突然の生霊の出現に、虚をつかれて誰もがきょとんとした。感動の再会とはほど遠かった。
「こ…この馬鹿ーッ! ニ年以上もどこで何してたのよーッ!」
真っ先に反応したのはチャチャピだった。
助走をつけながらママルカをひっぱたき、ママルカが弧を描いて綺麗に吹っ飛んだ。
俺とチャチャピの家族が止めに入らなかったら、鼻血を吹くまで殴るのを止めなかっただろう。
そこでママルカが渋い顔で語ったのが、ママルカ記憶喪失事件だ。
生き残って北ザナラーンのキャンプに帰還したママルカだったが、火傷の治療のため、いったんクルザスに送られたらしい。
クルザスの治療院で半年ほど療養をして、そろそろ帰還してもいいと許しがでたらしいのだが、そのときには自分の名前はおろか、チャチャピのこと、俺のことも綺麗さっぱり忘れていたそうだ。
「それでおれは考えた。どうせなら思い出すまであちこち行ってみようとな…」
「なにカッコつけてるのよ! 不滅隊なんだからウルダハ出身のはずでしょ! ウルダハに帰ればいいじゃない!」
「まさかこのおれに家族がいるなんて思ってなくて…それについては、本当にごめんなさい」
素直にペコリと頭を下げる。
で、ママルカはクルザスからリムサ・ロミンサに足を伸ばした。
特に理由があったわけではなく、単なる好奇心からだったそうだが、ウルダハとは大きく異なる風土と文化に圧倒されたそうだ。
「記憶が戻ったのは、リムサ・ロミンサでミコッテの男と知り合ってからだな」
ママルカいわく、リムサ・ロミンサはウルダハよりもミコッテが多かったらしい。
海賊稼業には風来坊の気性が合うのか、単独行動が多いミコッテの男もそこそこ見かけるほどにいるらしく、そのうちのひとりと交流を深めるうちに、急に俺のことを思いだしたそうだ。
「そういえばおれ、前にも猫耳男の相棒がいたような?って思い出すようになってさ。そしたら、芋づる式に記憶が戻ってきて。そんで、あわててウルダハ行きの船に飛び乗ったんだ。おれんちに他人がいてビックリしたけど、こっちにくれば君に会えると思ったから」
「またそれ?! またムサシがきっかけなの! 私が再婚してたらどうするのよ! このバカ!」
チャチャピが怒ってふたたびママルカを引っ叩いたことは言うまでもない。
今度ばかりは誰も止めに入るものはいなかった。
ひどく殴られてはいたものの、ママルカはどこか嬉しそうにしていた。
どこまでも壮絶な夫婦だ…。
以上が、ほんの数日前の出来事。
そしていま、俺たちはシルバーバザーにいて、ママルカの遺書を声高く音読したのはチャチャピだ。
ママルカが帰還してから、俺がずっと保管していたママルカの遺書をチャチャピに渡したから。
「やめろ…やめてくれ…おれが悪かった…」
「あんたって本当に最低よね!」
「何度も言うようだけど、君って最低だよな…」
これには親友の俺も同意せざるをえない。
まさか遺書の内容がアレとは…。
「ううっ…お前ら鬼か…。せっかくおれが無事で帰ってきたのになんと酷い仕打ち…」
「まあ、絶望の中でもユーモアを忘れないのが正気を保つ秘訣ともいうからな」
一緒に来ていたシグがさらりと助け舟を出した。
ママルカという男を深く知らないから仕方ないことだが、それは買いかぶり過ぎだと思う。
今日は俺の船出の日だ。
これからリムサ・ロミンサへ旅立つ。
新しい任務でウルダハを離れることになったシグが、俺に冒険者になることを勧めてくれた。
ママルカが帰ってきたから荷運び場の仕事も大丈夫そうだし、親方に相談したら「広い世界を見てこい」と賛成してくれた。
すぐに決心がついた。行き先は自分で決めた。
ママルカ、チャチャピ、シグの三人が、わざわざシルバーバザーまで見送りにきてくれていた。
荷物はなめし革のカバンひとつだけ。
コツコツ貯めてきた金で丈夫な冒険者の服とブーツを仕立ててもらい、住んでいた家は引き払った。
上着はシャツとベストに分かれていて洒落ている。ズボンは膝の下で引き絞ってあって動きやすい。
仕立屋いわく、ミコッテ風デザインだそうだ。
ふうん、ミコッテ風ねえ…ミコッテはお洒落なんだなあ。俺はこんなの知りませんでした。
さっそく袖を通したら、シグにはよく似合ってると言われたけれども。
大金を持ち歩くのは不安だったので、残った金はママルカに預けた。
ママルカはあれからさっそく商売をはじめ、それなりの売上をあげているようだ。
近いうちにノノルカ商会を設立すると張り切っている。商才のあるママルカなら成功するだろう。
預けた俺の金も増やしてやると息巻いている。
そうだな、本当に預けた金が増えたら、俺、でっかい風呂がある家に住みたいな…。
「せっかくおれが戻ってきたのに、今度はおまえがあっち行っちゃうのか…寂しいな」
「商会を設立したら仕事でリムサにくることもあるだろ? またすぐに会えるよ」
無計画のまま飛び出すことになってしまったが、まあ、あちらでなんとかなるだろう。
シグが知り合い宛に紹介状を書いてくれたので、まずは斧術を習ってみるつもりだ。
それから、釣りというのにも挑戦してみたい。
海に糸を垂らしているだけで魚が釣れるなんてはじめて聞いた。
「おう、ムサシ。これは俺からの選別だ。もってけ」
シグが腰のあたりをごそごそして、あろうことかむき出しの手斧を渡された。
両手で受け取ったものの、きょとんとしてしまう。
「…これから船に乗り込むのにこれ? 俺、危険人物すぎない?」
「安心しろ。当たり前のような顔をして背中に背負っていれば大丈夫だ。俺が保証する」
革紐がつけてあったので、シグに勧められるまま手斧を背負った。
次にママルカがまるごとのスイカを渡してきた。
「これは俺たちから選別だ。船の中で食えよ。」
「船の中でおもむろにスイカ割りをしろと? 君ら、絶対にネタ合わせしてるよね?」
我慢できずに突っ込むと、ママルカ、チャチャピ、シグ、三人揃って否定したが、チャチャピが堪えきれずに口元を歪めるのを俺は見逃さなかった。
背中に手斧、片手にスイカを抱えて船出とは間抜けもいいところだが、せっかくもらったんだから大切にしよう…。
シルバーバザーからは小舟に乗り、沖に停泊している船に乗り移る。
大丈夫だとあれほど太鼓判を押されたのに、船頭に斧むき出しはやめろと咎められた。
あやうく船に乗せてもらえなくなりそうだったが、言葉を尽くしてなんとか船頭を説得した。
これは大切な親の形見で…亡くしたら先祖から呪いが…とかなんとか、身振り手振りまで交えて必死の言い訳をしてしまった。
チラリと船着場をみたら、腹を抱えてシグが爆笑している。その横では、ママルカとチャチャピも一緒に大笑いしている。
最初からこれも狙っていたのか!? くそっ! まんまとおもちゃにされた…!
そう思ったのに、俺もつられて笑ってしまった。おかしすぎて、涙がでた。
大きく手を振ると、彼らも大きく手を振って返してくれた。
きっとまた会える。
ユーモアは絶望の中の希望だとママルカは言った。
ほんの少しでも希望を持ち続ける限り、俺が絶望に飲み込まれてしまうことはないだろう。
砂漠の国に、潮風が吹き付ける。
振り仰ぐと、ウルダハの空はどこまでも高く、青く、天空には清涼な風が吹き渡っていた。
(fin)