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第九話「命の期限」

日増しにダラガブが赤く、大きくなり、それにつれて情勢も不穏なものになりつつあった。

ウルダハ周辺で魔物の数が増えているという報告は日々もたらされていたが、グリダニアではついに蛮神が姿を現し、選ばれた冒険者たちがその討伐に向かったという噂を聞いた。

 

壁の外では謎の疫病が蔓延し、町では犯罪が増え、人々は絶望を抱えて暮らしていた。

今にダラガブが墜落してくると唱える者もいたが、だからといって逃げるところもない。

俺たちのような一般市民は日々生きていくことで精一杯だった。

ここのところ物騒だからと、荷運び場は日雇いを止めていた。

預かった荷物はパールレーンの一角で保管しているだけなので、盗もうと思えばいくらでも盗める。

信用のおける者だけを雇い、交代で荷物の見張りをしながら、昼夜を問わず営業することにした。

 

これにはメリットとデメリットがある。

メリットは、時間を問わずいつでも荷物を引き受けることができるようになったこと。

デメリットは、誰かしら荷運び場に張り付いている必要があるので、今までより少ない人数で仕事をまわさねばならなくなったこと。

 

親方は細かいことがとにかく嫌いなたちなので、雑務は俺とママルカに任せきりにしていた。日中は酒を飲んでブラブラしながら得意先をまわったり、大口の発注を引き受けてくるのが常だったのだが、最近は穴埋めのために現場に張り付いていることがほとんどだ。現場にいると酒も満足に飲めないと、いつも愚痴をこぼしている。

今日はママルカが遅番、俺が早番だった。帳簿をママルカに託して引き上げようとしていたら、親方に声をかけられた。

 

「ムサシ、早番なのにすまないが、ちょいと急ぎの用事ができちまったんで、これを役所に届けに行ってくれないか」

 

取扱い品を記載した目録だ。これを定期的に役所に届けないと、ウルダハでは営業許可が下りない。

 

「役所に持っていくやつですね?」

「そうだ。それから、市場に寄ってこいつを薬問屋に渡してくれ。中身は壊れ物みたいだから気をつけてな」

 

小さな箱も受け取った。薬問屋ということは、中に瓶でも入っているのだろうか。

親方とママルカに別れを告げると、俺は荷運び場を後にした。

市場の薬問屋はドリスの薬を入手するためにいつも利用しているところだ。

預かった小箱を店主に渡しがてら、いつもの薬の在庫はあるかと聞いたところ、すまなそうな顔をしながら五倍の料金を提示してきた。

 

「実は商隊が魔物に襲われて、かなりの積み荷がダメになっちまったんだよ。今日受け取った荷物もこちらが発注していたものだが、予定よりも全然足りねぇ。お前さんが困っているのは重々承知しているんだが、どうかわかってくれ」

 

ドリスの薬は発作が起こったときに飲めばいいといった類のものではない。

発作そのものを抑制するために、日々飲み続けなくてはならないものだ。

発作は運動や心因的ショックで誘発されるが、それとは関係なく、夜間と明け方に起こることもある。

すぐに収まれば良いが、そうでない場合は心臓に血液が送られなくなり、短時間で死に至ることもあると医者から聞かされた。

ドリスの命は薬によってかろうじて繋ぎ止められていると言ってもいい。

 

「その代わりといっちゃなんだが、いまある在庫は取り置きしておくよ。金ができたらまた来てくれ」

「わかった。ありがとう」

 

…とはいったものの、金を用意できるアテなどなかった。

怪我のせいで、たっぷり五日分の稼ぎを失ってしまったし、その間の薬代を親方に建て替えてもらったままだ。

親方のことだから無理やり取り立ててくることもないだろうが、このまま好意に甘えていることもできない…。

 

狩りの獲物を売ってみようかとか、薬が入荷しないのなら自分で買いに行ったらどうだろう?とか、いろいろ考えてもみたが、どれもこれも現実味に欠けるような気がした。

どう金の工面をつけようかと思案しながら歩いていると、不意に後ろから肩を叩かれて、俺は文字通り飛び上がった。

振り返ると、赤毛の娼婦がにっこりと微笑んで立っていた。リジーだ。今日も化粧が濃い。

 

「わっ…なんだリジーか。驚いた」

「なんだリジーか、じゃないでしょ! そういえば、怪我治ったのね? おめでとう」

 

リジーは真っ先に俺の窮地に気がつき、ママルカに知らせてくれた命の恩人だ。

彼女が気付いてくれなかったら、俺はブルになぶり殺しにされていたかもしれない。

 

「その…あのときは本当にどうもありがとう。なんてお礼を言ったらいいか…」

「またヤギ乳を奢ってくれればいいわよ。それよりさ」

 

いきなり顔を寄せてきて声を潜める。

 

「あんた、ブルに無理やり手篭めにされちゃったんじゃないの?」

 

一番思い出したくないことをズバリ聞かれてしまった。凹む…。

親方もママルカもなんとなく察してはいるが、俺のことを思いやって決して口にはしない。

目覚めたときには、身体は綺麗に拭われていて、ただじくじくと疼く痛みだけが残っていただけだ。

その、ナニをアレされたような記憶もうっすら残っているが、今となってはケシの汁が見せた幻覚だったような気さえする。

 

でもなぁ。ママルカに聞くと必ず言葉を濁すし、「猛牛に噛まれたとでも思っておけ」とか遠い目で意味深なことをいうし、やっぱりそうなのかなぁ…。

激しく落ち込んだ俺の顔を見て、彼女は深い溜息をついた。

 

「だからあれほど気をつけなさいって言ったのに。あの野郎、ずっとあんたのことを物欲しそうに見てたんだから。私にはわかるのよ、そういうの。職業柄かしらね」

 

ふたりきりになるなって、そういう意味だったんですか…。

でも、猛牛みたいなやつとはいえ、いきなり同僚が襲い掛かってくるなんて、普通思わないよね。

あああ、つまり、これが油断していたということか…。身をもって学んでしまった。

 

ちなみに、ブルは信用が置けないとして荷運び場をクビになった。

簡単に返しきれる額ではなかったので、それをチャラにしてやるという話をして納得させたらしい。

本人は不満そうにしていたし、俺に対しても恨みを抱いている様子だったが、そんなこと知るもんか。自業自得だろう。

風の噂によると、別の都市に流れていったとか、なんとか。

 

ふと気付いたのだが、こうして並ぶと俺とリジーは身長がほぼ一緒だった。

ミコッテはヒューランと比べると小柄だが、俺はミコッテの中でもさらに小さいほうだ(と、思う)。

だから、ヒューランと並ぶと相手が男でも女でもたいがい相手の頭が上にくるし、ハイランダーが相手だとのけぞるように見上げないとならない。つまり、ブルから見ると俺と女の子は大差ないってことだ。それはさぞかし美味しそうな相手に見えたことだろう。あのときは興奮剤でタガが外れていたようだし、それで手を出したと考えてもおかしくない。

いろいろと考えこんでしまった。すると突然、リジーが両手でぎゅっと俺の手を掴んできた。

 

「油断した自分が悪いなんて思ってるみたいだけど、それは間違いよ。悪いのはあいつ。あなたに落ち度はないんだからね」

 

真剣な目でそう言われた。どことなくリジーもつらそうな顔をしていた。

もしかすると、彼女自身、俺と同じような経験があるのかもしれない。

 

「リジー、その…仕事はつらくない?」

 

深く詮索するつもりはなかったが、リジーがなぜ娼婦という仕事を選んだのか、少し聞いてみたくなった。

 

「嫌いな奴とも寝なくちゃならない? それはもちろんイヤだけど、商売だって割り切っちゃえば耐えられるわ。自分で選択したことだしね。こんな時勢だから泥棒に身を落とすやつも多いけれども、アタシは人のものを奪わずに自分の身体で堂々と稼いでるんだから、そいつらよりも間違いなく格上でしょう?」

 

なるほど、そういう考え方もあるのか…。

それから、いったいどこまで本気なのか、商売を考えてるなら金持ちの多いところに行けとか、料金は必ず前払いで半分受け取れとか、相手の身なりをちゃんと確認しろとかいうありがたいアドバイスまでいただいてしまった。えっ? なんか俺も参入することになってる?

リジーと手を振って別れると、俺は王政庁へと急いだ。

政庁層の中でも、役所は随分と辺鄙なところにある。

目録はいつも親方が届けていたから、俺は役所の位置をよく知らなかった。

さんざん迷った挙げ句になんとか役所にたどり着き、目録を渡したところまでは良かったが、今度は帰り道が完全にわからなくなり、いつのまにか見知らぬ回廊へと出てしまった。

 

おそらくこのへんは王族関係者や、裕福な商人の家がある地区なのだろう。

建物は下層のほうよりも古い作りで、そして頑丈に見えた。扉の上に飾られている金属のプレートは紋章だろうか。

まだ夕刻なのだが、すでに人通りはなく、回廊のランプだけが赤々と燃えていた。

リジーの話していた金持ちの多いところって、たとえばこのへんだろうか…。

そんなことを思ったが、そもそも人影すらなかったし、自分が売り物になるということがどうも疑わしかった。

 

酒場の近くで客をとっている男娼を見たことがある。

金髪の巻き毛で綺麗な顔をした色白のヒューランの少年で、相手は髭を蓄えた中年男性だった。

それにひきかえ、俺はどちらかというと日に焼けて黒いし、髪だってどうにも冴えない色だ。

おまけにヒューランにはない耳と尻尾もある。ミコッテの男だから顔には特徴的な模様も。

 

この模様、なぜ男だけにあるのかというのをおばあに尋ねたことがある。

ミコッテ族の男は、妻を娶って群れを作るか、もしくは一生放浪するかのどちらかなのだが、実は妻を娶らずに群れを持つ者もいる。

どうするのかというと、すでにある群れに乗り込んでいき、男だけを皆殺しにするのだ。

顔に模様があるのは、標的となる男がわかりやすいようにというメネフィナの配慮らしい。

つまり、殺すならこいつですよ!っていうマークだ。メネフィナ様も粋な計らいをするもんだな。

 

…なんて、考え事しながらぼやっと歩いていたもんだから、知らない相手の胸に真正面から思いきりぶつかってしまった。

慌てて後ろに飛びのき、相手の顔を見上げる。冷たい光をたたえたグレーの双眸が俺を見下ろしていた。

天鵞絨の赤暗色のローブをまとい、フードを深く被った背の高い人物だった。

 

「あの、俺、よそ見してて…本当にごめんなさい。お怪我はないですか?」

「いくらだ」

 

はい?

 

「いま…何て?」

「おまえを自由にするにはいくら必要かと聞いている。」

 

え? 俺、なにか売ってたっけ?

え? もしかして俺のこと? ええ?

 

あまりにいきなりだったので、馬鹿みたいな顔で呆けてしまった。

文化圏だと男が男を買うこともあるらしい、という話を思い出したが、ミコッテの俺を買おうなんて酔狂なやつがいるわけないと、自分で思ったばかりじゃないか。

まじまじと相手の顔を見る。が、フードの影になって顔はよくわからなかった。

ただ、マントの中にチラリと金の刺繍の縁取りが見えた。おお…なんと高そうな服。さては金持ちに違いない。

金持ちと呼ぶのはあまりにも下世話なので、便宜上、「高貴なお方」と呼ぶことにする。

 

「俺を買いたいと?」

「そうだ。いくらだ」

 

メネフィナよ…殺したい印が顔についた俺のことを買いたいという人が現れました。

もしかして殺したいのか? いや違うか。相手はヒューランのようだし。

 

なんて返事すればいいかわからず、ふとドリスの薬の値段を口走ってしまった。俺の給金の何日分にも当たる金額だ。

相場なんて知らないし、ぶっちゃけ「今これだけ欲しい」と思ったから、そう言っただけだ。

だから、相手がまさか、

 

「よかろう。ついてこい」

 

なんてあっさり言うとは思わなかった。俺は激しく狼狽えてしまった。

そういうわけで、俺と高貴なお方との売買契約は唐突に結ばれてしまったのだった。

さっきから阿呆みたいに口をあんぐり開けてばかりのような気がする。

 

高貴な方の後を追いかけて、やたら狭苦しい通りをどんどん奥のほうに入っていき、小さな扉をくぐり抜けた。

中は暗くて長い廊下になっていて、これまたずいぶんと歩いた。

途中の分かれ道に扉があり、俺はその中に放り込まれた。

 

見上げるとその部屋は天井まで石造りになっていて、むっとした蒸気が立ち込めていた。水音がする。

手前に衝立て、その向こうには温かいお湯をたたえた広い浴槽が見え、あろうことか延々とお湯が注ぎ込まれている。

公衆浴場ならウルダハにもあるし、何度かレオンに連れられて行ったことがあるから、そこが風呂であるということはすぐにわかった。

しかし、これだけ馬鹿みたいに広い風呂を個人が所有しているというのは想像もつかなかった。

庶民にとってはお湯は贅沢品で、全身で浸かるようなものではなかったから。公衆浴場だって申し訳程度にお湯で身体を洗える程度だった。

 

高貴なお方は俺を残してさっさとどこかへ行ってしまったが、衝立の前で召使いが待っていて、タオルと石鹸を渡された。

そうか、俺は売り物でした。これで頭からつま先まで綺麗に洗えってことか。

 

汚れた服を脱ぎ捨てて、泡立てた石鹸で体中ごしごしとこすった。

お湯を使うのは贅沢もいいところだから、いつもは水で濡らしてしぼった布で身体を拭くのが精一杯だ。

だから、泡を洗い流して浴槽につかったときは、あまりの気持ち良さに声が漏れそうになってしまった。

しかも、手足をめいっぱい伸ばしてもまだ余裕があるとか、夢じゃなかろうか。

ああ~、俺、もうここから出たくないです…。

 

風呂を堪能していたら何をしにきたのか忘れそうになってしまったが、さすがに召使に急かされてしまった。

タオルで身体と頭を拭いて、さて服を…と思ったら、俺の小汚いチュニックとズボンが見当たらない。

かわりにツルツルした手触りのシャツが一枚だけ置いてあった。

 

そう、一枚だけ。

 

とりあえずシャツだけ着てみた。長さは膝近くまであるのだが、なにせ下はなにも履いていないから、スースーとして居心地が悪い。

それから召使に案内されて、ひどく居心地の悪い状態のまま、豪華な寝室に通された。これまたびっくりするほど広い部屋に、天蓋つきの大きいベッドが置いてある。

中は真っ暗かと思うほど灯りを落としてあり、それからなにか香を炊いているような匂いがした。

召使は一礼すると、静かに部屋を出て行った。

 

なにせはじめてのことだから、どう振る舞ったらいいかわからない。

入り口あたりにぽつんと佇んでいたら、ベッドのそばの暗がりから「こっちへこい」と声をかけられた。

 

高貴なお方が、ベッド脇の椅子に座って腕組みをして待っていた。

ちょっと想像してみて欲しい。下半身がスースーした状態で誰かに呼ばれるというのを。

最高にバツが悪い。かがんだりしなければ見えないだろうが、それでも猛烈に恥ずかしい。

もしかして、この恥ずかしい素振りを観察して楽しむためにシャツだけ用意したんだろうか? ま…まさかね。

 

高貴な方は椅子に座っているが、背が高いのでちょうど俺の胸の位置に顔がくる。

それで先ほどは見えなかった顔がようやくはっきり見えたが、切れ長の瞳の涼し気な顔をした青年だった。なにか楽しげに微笑んでいらっしゃる。

まさかとは思ったが、俺が恥ずかしがっているのを見て楽しんでいるようだった。世の中にはいろんな趣味の人がいるな。

 

ふと目があったので、ドキッとして思わず目をそらしてしまった。

しまった。これでは、「俺、初めてなんですッ!」って高らかに宣言してるようなもんですって。

 

「はじめてだな?」

 

バレた。バレないわけがない。

 

「あ、あの、俺…」

「静かにしろ」

 

ぴしゃりと命じられてしまった。

 

それから、高貴なお方自らの手で(おお!)、シャツのボタンがひとつひとつ外されていって、ベッドに押し倒された。

油のようなものをたっぷりと体中に塗りたくられた。なんだかいい匂いで、しかも手触りがさらりとしている。

ブルにされたことを思い出して少し怖かったのだが、高貴なお方はこういった遊びは慣れているようで、いきなり痛い目に合わされることもなかった。

それどころか、ときおり背筋がゾクゾクするような快感の波が押し寄せてきて、思わず声をあげそうにもなったが、静かにしろと命じられたからにはなにがなんでも声を出すもんかと意地になって耐えていた。

 

すると高貴なお方もだんだんと意地になって、しつこくなる。

俺、頑張って耐える。さらにしつこくなる。

 

おかしな攻防だったが、ちょっと油断したところで、つい「ああっ…!」という切ない声を漏らしてしまった。

高貴なお方はこれがいたくお気に召したようで、それからさらにしつこく攻められた。

もちろん、気持ちのいい事だけではなく、辛いこともいろいろと強いられた。しかし、金で買われた以上は耐えなくてはという一心で、顔を枕に埋めて必死にうめき声を噛み殺した。

お願いですからもう勘弁してくださいと懇願したくなる程度にはいろいろされたとだけは言っておこう。

我にかえったときには全身が汗でびっしょり濡れ、ひとりでシーツにくるまるようにして浅い眠りに落ちていた。とてつもなく疲れた。

 

そのあとは迎えにきた召使いにふたたび風呂に放り込まれ、ようやく元の服に着替えることができた。

うっかり金ももらわずに出てきてしまったが、召使いがあわてて追いかけてきて約束の代金を渡してくれた。

高貴なお方なのでタダでどうこうしようという気はないらしかった。

 

そういうわけで、俺は今、ドリスの薬を買えるだけの金を握って見知らぬ場所でぼうっとしている。

ちょっと上手くいきすぎじゃないか?と思ったが、背に腹は変えられないとはまさにこのことだ。

ほどなく帰り道が見つかったので、俺は帰路を急いだ。

 

翌朝急いで市場に足を運び、取置きしてもらった分の薬を購入したことは言うまでもない。

良かった。ドリスの命の期限がまた少し延びた…。

 

それにしても、まさかあんな方法であっさり金が工面できてしまうとは。

できればもうやりたくはないが、俺にとって売れるものといったら、あれくらいしかない。

 

「おう、おはようムサシ」

「おはよう」

 

荷運び場についたら、遅番だったママルカに声をかけられた。

彼は夜通し起きていたはずだから、仕事を引き継いだら今日の仕事は終わりだ。

 

「ん? なんかお前…いい匂いがするな?」

「へっ?」

 

ママルカに言われて思い出した。

そうだ、たっぷりの石鹸で身体を洗ったんだった。

自分ではもうわからなくなっているが、たぶん、まだ石鹸の香りをさせているんだろう。

 

「ははあ…。ムサシくん、ついに君も大人になったか。そうかそうか…」

 

ママルカがウンウンと頷いた。

ちょっと高い娼館だと石鹸をおいた風呂場があるそうだから、そっちの想像をしているようだ。

いや、やつは俺が薬の工面のために金に困っているのを知っているから、そもそも娼館などに行く余裕がないのは知っているはず。

だいたい、「お前は高く売れる」なんて言ったのはやつなんだから、気付いていたとしてもおかしくない。

しかし、なにをどう答えても藪蛇になりそうだったから、ここは笑って誤魔化しておこう…。

 

ママルカから帳簿を受け取り、配達途中の荷物の引き継ぎを受けた。

いつもと何も変わらない一日のはじまりだと、そのときは思った。

別れ際に、ママルカからこう言われるまでは。

 

「ムサシ、おれ、不滅隊に入ってモードゥナに行くよ」

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