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短編「おれとおまえの猿芝居」

​短編1

番外編(まだ完結してないですが)の少しあとの話です。

 登場人物がわからない人は本編から頑張ってどうぞ。

 

おれとしたことが、やらかしてしまった。

 

政府からの貸付金、あれの支払い期限が迫っているというのに、軽率にも用意した金で新たな買い付けをしてしまった。

つまり、取り立てにこられても支払う金がない。ケツの毛を毟られたってない。

ママルカ・ノノルカ様ともあろう者が、一生の不覚である。

 

「だって、儲かるってわかってたら我慢できないだろ?」

「知らんがな…。」

 

商会事務所で机に寄りかかって話を聞いていたムサシが呆れ顔で言った。

こいつはミコッテらしく風来坊だが、リムサ・ロミンサでとある事件に巻き込まれたあと、いまはウルダハに拠点をうつして冒険者稼業を営んでいる。

おれの親友で、家族といっても差し支えない間柄だ。仕事の合間にこうしてたびたび商会事務所に顔を出す。

 

「いやいや。仕入れたからには確実に売りきってみせる。勝算はある。問題は支払い期限が迫ってるってことだけだ。」

「だからそれが大問題だっての。チャチャピには許可をとったのか?」

 

うっ。その名前を出されると弱い…!

チャチャピはおれの愛する妻で、我が商会の経理部長であり、商品企画担当だ。いまは子育てに専念中。

本来は彼女の決済なしでは大口の取引は許可されないのだが、今回は大急ぎで決める必要があったので、黙ってこっそりやらかしてしまった。

 

正直にいえば、ヤバイ。

バレたら往復ビンタのお仕置き程度じゃ済まない。

しばらくオーナー権限を剥奪されたうえで、愛する娘に「パパはどうしようもない阿呆でちゅね~。」とか吹き込まれるかも。

それで娘から蔑みの目で見られたら、おれ、生きていけない…。

 

「とってないんだな。」

「お…おう。なんてったって、おれが商会のオーナーだしな。」

 

胸を張って言ったものの、困ったことに声の震えを隠しきれない。

短期間であるとはいえ、自転車操業になってしまうわけだ。いくら勝算があるといっても、経理部長の許可が下りるわけがないのは容易に想像できる。

彼女は手堅い。冒険はしないタチだ。彼女が引き締めてくれるから、我が商会はここまで大きくなることができた。

 

一方のおれはどんぶり勘定で、山師みたいな勘で商売をしてしまうところがある。それが良いときもあるが、悪いときもある。

今回のなんかまさにそれで、ウルダハの沖合で座礁した船の積み荷が二束三文で売りに出されていたもんだから、うっかり飛びついてしまった。

これでうちの商品の原材料費がかなり安くあがるから、売上さえたてば万事オッケーなんだ。

商会の信用問題に関わるから政府からの借金を踏み倒すつもりは毛頭ないのだが、すぐには返済できないだけだ。

1ヶ月…そう、1ヶ月もあれば利子をつけて返せるはず。

 

…たぶん。

 

「金を返す期限は?」

「きょ…今日…かな…。」

「マジで!?」

「マジで。」

 

ついでに金額を口にしたら、さすがのムサシも茶化さず黙り込んでしまった。

ほうぼうから金をかき集めたとしても、それだけではまったく調達できない額だ。

どうして返済用に用意しておいた金を仕入れに使ってしまおうと思いついたのか、自分で自分が不思議でならない。

あー! バカバカ! おれの馬鹿!

 

「いや、待てよ…。返済期限を少し引き伸ばせればいいんだ。そう、事故とか、なんかそういうことで、支払う意思はあるけれども、おれが支払いに応じられなければいい。政府の貸付なんだから、情状酌量の余地があるじゃないか。」

「事故? 手足の一本でも折ればいいか?」

「お前が言うと洒落にならないから止めろ。」

 

コイツは格闘術の心得がある。

細っこい身体だけれども、本気を出せば腕をへし折るくらいは容易いはず。

しかし、ムサシの心配そうな顔を見ていて、急に良いアイデアを思いついてしまった。

 

「そうだ、ムサシ。おれのために一芝居打ってくれないか。」

「しばい?」

「うん。おれがお前からも大金を借りてるってことにして、役人の前でひどく脅してくれりゃいい。」

「ええ…?」

「よし! そうと決まれば、ちょっとそれっぽい格好に着替えてもらおう。」

 

おれは椅子から立ち上がると事務所の奥へ引っ込み、荷物入れの中からなめし革のコートとブーツ、革の眼帯を引っ張り出した。

この服は商品代金を支払えないというチンピラから現物で巻き上げたもの。眼帯は目にデキモノができたときに格好つけて使っていたものだが、たぶんこれをムサシに着せればそれなりに見える、はず。

 

「はぁ、君には命を助けてもらった恩もあるし、仕方ないな…。」

 

嫌がるかと思いきや、ムサシは肩を落としながらも素直に従ってくれた。

奥に引っ込んで着替えてきたが、やつ自身がまずチョイスしない服装なだけにいまいちパッとしない。

 

「うーん、まだ何か足りない…そうだな、シャツを脱いで素肌でコートを着るんだ。あとこれ。」

 

ジャラジャラした鎖のネックレスを差し出す。

 

「悪党は光るものが好きだから、これも身に付けるといい。」

「真っ黒で光るものが好き…悪党はカラスの化身か?」

 

言われるままにシャツを脱ぎ、素肌にコートを着てから派手なネックレスを身につける。

胸を大きくはだけているから傷跡がチラリと見え、さらに格好つけの眼帯までしたもんだから、わけのわからん凄みがでた。

 

「おっ、なかなか悪そうな面構えだ! 何人か殺ってそうだな!」

「なにその褒め言葉。全然うれしくないんだけど。」

憮然として言う。

しかし、これなら借金の取り立てにきた血も涙もない悪党といっても納得できる。

 

「よーし、さっそくおれを脅してみろ。」

「死なすぞコラ。」

「いや棒読みだと全然怖くないから…。もっと命の危険を感じるような脅し方にしてくんない?」

「はぁ~? 脅し文句なんて知らないぞ。」

 

ダメだ、これは。役人がくるまえに台本でも作ったほうがいいか?

そのとき、開け放したままの事務所の入り口から、コツコツとノックの音がした。

見ると、ウルダハの紋章入りの制服を着た男が戸口に立っている。

 

「あー、こちらノノルカ商会でよろしいか?」

 

き、キターッ!

まだ午前中だぞ? 予想よりも早い!

 

「あ、ああ、はい。そうです。なにか?」

 

とはいえ、取り立て偽装作戦の準備はなんとか間に合った。

あとはこいつをうまく騙せればこっちのものだ。

役人らしきその男は、手にした書類をパラパラとめくり、何度も確認するようにしてこう続けた。

 

「ええと、こちらへの貸付金の支払期限が本日となっておりまして、その確認と受取に」

 

わあ、いろいろと省略していきなり取り立てにきやがった!

おれは役人から見えないよう口元を隠し、机越しに声を落としてムサシに話しかけた。

 

「(おいムサシ、おれの襟首を掴んで怒鳴れ!)」

「(怒鳴る? なんて?)」

「(なんでもいい! 任せる!)」

 

任せるなんて言っちゃったものの、こいつに芝居なんてできるんだろうか。

なんだか不安になってきた。

 

「金が払えないだと!? ふざけんな!」

 

おれの予想を裏切って、ムサシがいきなり怒鳴り声をあげた。空気がビリビリと震えるような声量。

突然の展開に、役人が驚いて口をあんぐり開けたままになる。

ムサシに首根っこを掴まれ、ジタバタともがきながらおれはできるだけ苦しそうに言った。

 

「ひ…ひぇっ…! いや、支払う用意ならある! けれども、政府にも借金が」

「てめぇ、舐めた口きいてんじゃねぇぞ! 頭からすりおろして…」

 

ムサシが急に口ごもった。

続きの台詞が思いつかないらしい。

 

「…ヒヨコの餌にしてやろうか!」

 

どうしてそう可愛いものを出してくるかな。

 

「ひいいい、恐ろしい…なんて恐ろしい取り立てなんだ! 命の危険が危ないー!」

「あの、あのですね、返済期限が今日…」

 

役人が仕事を思い出してしまったので、ムサシが振り向いて怒鳴りつける。

 

「うるせぇ、こっちも今日が返済期限だ!」

「ま、待ってくれ…! アレは、あと少ししたら金になる! そうしたら間違いなく返す…!」

「ああ?!」

 

いつまでも首根っこを掴まれているのは苦しいので、おれはムサシの手を振りほどいて、机の前に降りた。

ムサシが少し身体をかがめるようにして耳打ちしてくる。

 

「(アレってなんだよ!?)」

「(知らん! 適当にあわせろ!)」

 

腕組みをしておれを見下ろしていたムサシが、いきなりブーツの踵で机をガツンと蹴り飛ばした。

うお、これはなかなかビビった。

 

「てめぇ、黄金のフンコロガシをどうしても手に入れたいからって、大金借りたのを忘れたんじゃねぇだろうな!」

「お…!」

 

黄金のフンコロガシだと!

 

よりによって、なんちゅう不意打ちを食らわしてくるんだコイツは。

思わず吹き出しそうになったのを、おれは鋼の意思で堪えた。

 

「金が返せないならフンコロガシを渡してもらうしかねぇな! あれを何処にやった?」

 

頼む! 頼むからフンコロガシから離れてくれ!

おれは笑いの沸点が低いんだ…!

 

「あ、あれは…そう…。」

 

脅されてビビっているフリをして、何度か大きく深呼吸する。

本当はずっと笑いをこらえてるだけだけれども。

 

「フンを…転がしていってしまった…。」

「!」

 

なにせフンコロガシだからな。それにしてもひどい言い訳だ。

 

今度は言い出しっぺがあやうく吹き出しそうになってしまったので、おれはムサシの向こう脛をつま先で蹴った。

声にならない悲鳴をあげて、ムサシが息を飲む。ブーツを履いているものの、力いっぱい蹴飛ばしたから相当痛いはずだ。

痛みに悶絶して崩れ落ちそうになるのを支え、おれはわざとらしく哀願した。

 

「頼む、おれには愛する妻も、生まれたばかりの娘もいるんだ! どうか! どうかこれで勘弁してくれー!」

 

おお、なんという猿芝居…。だが、返済期限を伸ばしてもらうためにはなりふり構っていられない。

強盗がきたときのために普段から用意してある札束を、おれはこれみよがしにムサシに握らせる。

種明かしすれば、こいつは一番上だけが本物で、残りはただの古紙だ。

 

「チッ! し、仕方ねぇな! 少しだけ待ってやるから、はやく残りも払えよ!」

 

札束をひったくるようにして、ムサシは(痛そうに)踵を返した。

心なしか片足を引きずっている。咄嗟にやったこととはいえ、悪いことをしてしまった。

すれ違いざまに睨みつけたのか、戸口でおれたちのやりとりを見ていた役人がびくっと飛び上がる。

おそらくだが、蹴られた脛が痛くて相当不機嫌な顔をしていたんだろう。

長い付き合いだから知っているのだが、不機嫌なときのアイツに睨まれるとかなり怖い。無言だとなおさらだ。

役人が虚をつかれたようにして立ちすくんでいたので、おれはあわてて畳みかけた。

 

「ああ! 本当に申し訳ありません! 返済するはずだった金を奪われてしまった…!」

「返済期限にお支払いいただけない場合ですが」

「ええっ?」

 

まだそれを言うか。

おれは大げさに驚いてみせた。

 

「まさかそんな、善良な市民が目の前で悪党に金を奪われるのを見捨てておいて、返済期限が今日だとかおっしゃるわけはないですよね!? 返さないとは言っていませんしね? いやいや、まさか…。」

「資産の整理のうえ、すみやかに…。」

「わかりました。それじゃあ、ひと月後に!」

 

勝手に返済期限を伸ばしてやる。

まあ、返さないと宣言したわけじゃないし、支払いできない言い訳はしたし、とりあえずはコレでいいだろう。

おれは役人をぐいぐいと押しのけて事務所を出た。

 

見つからないよう狭い路地を通って酒場に行くと、女の子に声をかけられているムサシがいた。

しきりに迫られている様子だが、片手を振って追い払っている。あー、勿体無い…。

 

「よっ! お疲れさん! なんだよお前、女の子を邪険にして。」

「ママルカに蹴られたとこが痛いんだよ! くそ!」

「おまえが黄金のフンコロガシなんて言い出すからだろ!」

 

ウェイトレスを呼び止めて、エールを二人分注文する。

負傷者が出てしまったが、作戦は成功といっても差し支えないだろう。

 

「しかし、なんなんだ。さっきからやたらと声をかけられるんだけど。」

「そりゃ、ワルっぽい格好だし、しかめっ面してるからモテるんだろ。おまえ、そういうのも似合うのな。」

「ええ~?」

 

あからさまに不服そうな様子である。

 

「俺こんなズルズルしたのイヤだよ。いつもの服とサンダルがいい。」

「だからお前はモテないんだって。」

「やかましいわ。」

 

それからおれたちはぬるいエールで黄金のフンコロガシに乾杯をして、だいたいそれでどう儲けるのかという馬鹿話に興じた。

共通語の語彙が少ないムサシが急にフンコロガシなんて思いついたのも、おれの馬鹿話のせいだ。

とはいえ、アドリブだけであれだけやり遂げたんだからたいしたものだ。こいつも成長したんだな。

 

おれは感慨深げに、ひとまわり年下の親友を見る。

彼の手首には、おれがくれてやった黒真珠の装飾の腕輪が涼しげに光っていた。

 

(fin)

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