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番外編第一話「はるばる来たぜ、リムサ・ロミンサ」

番外編第1話

番外編第2話

はるばる来たぜ、リムサ・ロミンサ…。

船首で偉そうに腕組みをして立ち、麗しきリムサ・ロミンサを眺めながら潮風に黒髪をなぶられているイカすララフェル、それがおれ。名前はママルカ・ノノルカ。
パッと見だとヒューランの子どものようだし、実際愛らしいので仕方ないのだが、これでもれっきとした大人であり、飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長しているノノルカ商会の会長だ。

いつもは故郷であり、商会の本拠地でもあるウルダハで商売をしている。
このたびは運搬船に便乗してはるばるリムサ・ロミンサまで商談にやってきたのだが、おれにとっては四年ぶりの訪問だ。
カルテノーの戦いで後頭部と尻をバハムートに焼かれ、記憶喪失のままリムサに流れ着き、なんとか記憶を取り戻してウルダハへ帰還、愛する妻と涙の再会…にはならずに猛烈なビンタを食らい、すったもんだの末に商会を設立…忙しすぎてあっという間だったような気がする。時の流れは早いもんだな。

「そっか。もう四年も経っちゃったんだなぁ。」

誰も聞いちゃいないのに、つい口をついて出てしまった。
あらためて考えると感慨深いものがある。
なにせ、このおれもいよいよ大台なのだ。

神々に祝福されし種族であるララフェルは何歳になっても見た目は若々しく可愛らしいが、いくら可愛らしくても中身はもう立派なおっさんなんである。
おれに言わせると、中身がおっさんなのに見た目が可愛らしいというギャップこそララフェルの真骨頂なわけだが、残念ながら他種族相手の商談では舐めらやすい。だから、せめてもうちょい大人っぽくキメようとヒゲを生やしてみたところ、妻チャチャピには「似合わないからやめて!」と大不評であった。
チャチャピにそう言われたらヒゲは断念するしかない。ついでに、自分では気に入っていたモヒカンまでやめろと言われてしまったので、おれはいままた髪を伸ばしている。
だから、中身がもう大台のおっさんなのに、見た目がますます可愛らしくなってしまったわけだ。おお、なんと罪深いことだろうか…。

「おう、坊主ひとりか?」
「坊主…?」

頭上から声をかけられて見上げると、はるか天高く、頭にバンダナを巻いたルガディンがおれを覗き込んでいた。この船の船員らしい。
ルガディンはリムサ・ロミンサに多く、アマルジャもかくやというたくましい体つきの大柄な種族だ。
ここリムサを治める総督もルガディンで、女性だがかなり背が高いと聞いている。
ハイランダーですらつくづくデカイと思っていたが、ルガディンに至ってはそれ以上だ。リムサに住んでいたころに何人かと知り合いになったが、しょっちゅうふざけてボール扱いされていた。もちろん、大変に失礼な話なのだが、スケール的に考えるとまあそれもそうかな、なんて思う。
おれはふふっとニヒルに笑った。

「残念ながらおれは大人だ。リムサには商談できたのさ。」
「おっと、ララフェルだったか。すまなかったな。」
「なあに、良いってことよ。」

キマった。今のはすごく格好良かったぞ。
などと浸っていたら、そのルガディン船員にひょいと抱えられて、そのまま小舟まで運ばれてしまった。子どもじゃないっちゅうに。

リムサ・ロミンサ近辺は岩礁が多く、喫水が深い船は座礁の危険性があるので、運搬船は沖合で停泊する。
ここで積み荷を別の船にうつして輸送し、乗客は小舟に乗り移ってリムサ・ロミンサに上陸するって寸法だ。
運賃をケチって運搬船に乗り込んだものだから面倒くさいことになってしまったが、ま、いいか。安いし。

船頭が呑気に舟歌なんぞを歌い、小舟はゆらゆらとリムサ・ロミンサの船着場に近づいてゆく。
かつて暮らしていた街の景色を見て、胸に懐かしさがこみ上げてきた。
住んでいたのは一年ちょっとくらいなので、望郷の念を覚えるほどでもないのだが、とにかくウルダハとはなにからなにまで違うので印象深いんだろう。
まず、街全体がなんだか磯臭い。船の上に作った街だってんだからそれは仕方ない。
暑いのはウルダハと一緒なんだが、こっちはウルダハよりも湿気が強く、住人の服装がウルダハに比べて開放的だ。みんな日に焼けているし、裸同然の格好をした男女がうろうろしている。ウルダハは肌の露出はあまり品が良いとされないから、これには最初戸惑ってしまったもんだ。
ウルダハとは文化も違うし、種族構成だって違うから、ここでうちの商品を売るなら、もっとしっかり研究しないといけないかも…。

とかなんとか考えているうちに、小舟はリムサ・ロミンサの船着場に着いた。
またもや船員がおれをひょいと抱えておろしてくれた。荷物は大きな革のカバンひとつだけだ。中には商談のために持ってきた商品や試作品が入っている。
リムサにはしばらく滞在するつもりだが、服やらなんやらはこっちで買えばいいやと思って、他はなにも持ってこなかった。どうせムサシの下宿に押しかけるつもりだし。

ムサシってのはウルダハで長くつるんでいたおれの親友だ。
東方風の名前だが、やつは猫のような耳と尻尾をもつミコッテ族で、放浪癖のあるミコッテの男にしては珍しく街育ちだ。
生まれた集落から母親とともに逃げてきて、やつひとりウルダハにたどり着き、死にかけていたところを養父母に拾われたらしい。名前は彼らの亡くなった息子のものだとか。
おれとの出会いはウルダハのパールレーンの荷運び場だ。そこの親方と養父が昔なじみだったそうだ。
はじめはなんだか細っこくて軽薄そうなネコ野郎だな、なんて思っていたのだが、見た目に反して勤勉で根性もあり、でも肝心なところでドジで、ちょっと放っておけないやつだった。
生まれ育った環境もまったく違うし、歳だってずいぶん離れているのに、初対面のときから何故かウマがあって、今も変わらず親友だ。

やつがリムサに旅立ってからもう二年経つが、ときおり下手くそな字で書かれた手紙が届いた。
一番新しい手紙によると、なんと飛空艇に乗って各国に親書を届ける仕事を任されたらしい。
そのときウルダハにも来たそうだが、ウルダハでの仕事を終えたあとはすぐにグリダニアに向かわねばならず、おれに挨拶もできなかったことを詫びてあった。会う暇もないというのが寂しいところだが、どうやら冒険者として着々と名をあげているようだ。
ムサシによると飛空艇の旅はよほど楽しかったらしく、手紙には空から見た世界がどんなに美しく広大だったかということや、鳥みたいに空を飛ぶのがどんなに面白く楽しいかということがたどたどしい言葉で綴ってあった。
「いつかママルカもひくてい(ママルカ注:綴りが間違っているが飛空艇のことだ)に乗せてあげたい」ってのはちょっと嬉しくてニヤニヤしてしまったが、チャチャピに見られたら飛び蹴りを食らいそうだ。
しかし、「クソきれい」ってのはどうなんだ。あいつ、相変わらず「クソ」の使い方を誤解しているらしい。

船着場から街の広場まではリムサ・ロミンサのマーケットを通り抜ける。
ここも第七霊災でかなりの被害を受けたはずだが、そんなことは微塵も感じられない。ちょうど昼時だからか、大勢の市民が行き交っている。チラリと見た感じだと品揃えは実用的な商品がほとんどで、ノノルカ商会が得意とする分野はまだ流行っていないようだった。よしよし。

せっかくだから、少し商売の話もしておこう。ノノルカ商会は設立してから一年と少し経過したところだ。
会長とか雑用係はおれ。会計は妻のチャチャピ。商会にはお抱えの錬金術士と彫金師がいるけれども、まだ店舗は構えておらず、オリジナル商品をマーケットに卸しているだけ。

オリジナル商品てのは腕輪とか耳飾りなどの装飾品だ。はじめは金持ち相手に高価な装飾品を作っていたのだが、ちょっとおれらしくないなと思ったので、方向性をガラリと変えることにした。
まずオーダーメイドをすっぱり止めた。金型を作って、少し安っぽいけれども庶民が手が出せる価格帯の装飾品を大量にこしらえることにした。
次に大事なのはコンセプトだ。砂漠の民は青い海に特別の思い入れがある。ウルダハ近辺の黒っぽい海じゃなくて、リムサのエメラルドグリーンの海だ。だから商品には必ずエメラルドグリーンの石をはめ込むことにした。そして商品には「リムサ・ロミンサ風」という名前をつけた。実際はリムサはまるで関係ないけれども、そんなことは知ったこっちゃない。
ちなみに、装飾品にはめ込んでいるのは宝石でもなんでもなく、そこらへんで集めた石ころを磨き上げて青く着色しただけのものだ。安いし、大量生産できる。いい色を出すためにお抱えの錬金術士と一緒にあれこれ研究したから、染料についてはノノルカ商会のトップシークレットだ。
庶民が気軽に楽しめるお洒落ってのが今まではなかったもんだから、これがアホなくらい売れて笑いが止まらなくなった。
誰でも安価に楽しめるし、うちの商会は儲かって嬉しい。商売ってのはこういうことだよな。

ノノルカ商会は確実に儲かっているし、おれの懐もそれなりに潤っている。
ただ、会計と商品戦略担当のチャチャピが厳しいので、派手な投資を許してくれない。
ぼちぼち別の商品も開発したいと思い、エメラルドグリーンの海をイメージした青い肉まんを提案してみたんだが、それはどうしてもダメだといって首を縦に振ってくれなかった。「青い宝石はいいけど青い食べ物なんて不味そうだからダメ!」だって。そうかなぁ。
食べ物はダメとなると、次の戦略は販路の拡大しかない。ウルダハでリムサ風が受けるんなら、リムサではウルダハ風が受けるんじゃないかと思って、まずチャチャピに打診してみた。それならいいとお許しを得たので、試作品を持って取引相手に売り込みにきたというのがこれまでの経緯だ。つまり、うちの商会で一番エライのはチャチャピだ。おれはチャチャピには頭が上がらない。

驚きの展開はこのあと。
リムサ・ロミンサに行くために荷造りをしていたら、「せっかくならしばらく滞在してムサシと遊んできなさいよ。」なんて、チャチャピが言うじゃないか。
えっ? 早く帰ってきなさいじゃなくて、しばらく滞在してこい? しかも遊んでこい?
おれの聞き間違えか、あるいはチャチャピが熱でもあるんじゃないかと思い、おれはつい彼女の熱を計ってぶっ飛ばされてしまったんだが(ここまでは予想通りだ)、そのあと耳元で「来年の春にはあんたもパパよ。」なんてビックリ宣言。
うわあ! なにそのドラマちっくな展開! ママルカがパパルカになるのか? ワーオ!

いまならよくわかる。「これから忙しくなるんだから、いまのうちに羽を伸ばしておけ。休暇をくれてやる。」って意味だ。
ま、子どもが生まれたら、おれひとりで会計もやんなくちゃだし、忙しくなるのは避けられないよな。
とすると、新しく誰か雇わないといけないな。そろそろ我が商会も拡大することを考えてみよう。リムサにも窓口が必要だし、こっちに店舗を構えてもいいかもしれない…。

おれの頭の中は常にこんな感じ。いつもいろいろ考え事をしている。
だが、マーケットを突っ切り、広場の案内板でムサシから指定された店を探そうとしておれの思考はいきなり中断された。

ねぇよ!

レストラン「ドラクロン」だと? そんな名前のレストランは、リムサ・ロミンサにはない。
おれが住んでいたのは四年も前だから、てっきり新しい店ができたとばかり思っていたが、案内板を見る限り該当する店がない。いや、新しい店はいくつか増えているが、どれも「ドラクロン」ではないと言ったほうがいいか。あいつ、いったいどこを指定したんだよ?

そこでふと思いだした。ムサシは店の名前を正確に覚えない。
どういう頭の構造をしているんだか、だいたいまったく違う名前で適当に記憶していて、しかもそれを本人も気にしていないもんだからこういうときに厄介なのだ。
ふむ。つまり、やつがレストラン「ドラクロン」だと勝手に思い込んでいる店を探せばいいわけか。
それならたぶんこれだ。間違いない。

もはや超能力といっても差し支えないが、おれはレストラン「ビスマルク」に向かった。
やつのチョイスにしては悪くない。料理ギルドと併設していて、テラス席もある小洒落た店だ。料理も美味い。
はたして、テラス席のテーブルで分厚い本を一生懸命読んでいる勤勉なネコ野郎を発見した。

ニ年前と比べると、肌が日焼けして小麦色になっている。髪は色が抜けて、残念なトウモロコシのヒゲみたいな色だ。この髪の色のせいで軽薄な印象を受けてしまう。今度うちで開発中の毛染めを送ってやろうか。
一生懸命文章を追いかけている瞳は少し青みがかったエメラルドグリーンで、リムサ・ロミンサの海の色に似ている。瞳孔は縦長。ネコ野郎がまさにネコっぽいところだ。
その髪と目の色は両親のどっち譲りなんだと聞いてみたことがあるが、記憶にある母親は黒髪で紫色の目なんだとか。つまり、あいつの髪と目はどこの誰とも知らないオヤジ譲りのものらしい。
で、顔立ちは端正といってもいいくらいなのに、服装にはいつも無頓着なのがあいつだ。袖なしのチュニックは日焼けした肌に似合っていると言えなくもないが、くそダサい短パンと、それにその靴はなんだ。便所のサンダルか!

やつの座っているテーブルに歩み寄って、足元に鞄をドサリと投げ出した。
正面の椅子にぴょんと飛び乗ると、ムサシが本から顔をあげ、おれを見て嬉しそうに微笑む。

「ママルカ、ひさしぶり! 元気そうだね。毛も生えそろった?」
「鳥のヒナかよ。そうだな。表現するなら、ワイルドなママルカから元のシティボーイ・ママルカになったと言ってくれないか。」
「相変わらずわけわかんないこと言ってるよなあ。」

ニ年ぶりの会話がこれだ。
おれたちほどの親友ともなると、「キャー! 久しぶりー!」と抱き合ってピョンピョン跳ねたりなどしない。
女は儀式のようにキャーヒサシブリーをやるが、正直おれはあのノリが理解できない。

「おまえな、自分がしでかした大きな間違いに気付いているか?」
「へっ?」

きょとんとしている。どうやら本当にわかっていないらしい。
おれはテーブルにおいてあるメニューのロゴの部分をとんとんと指で叩いた。

「これはなんて書いてあるのかな? んん?」
「び…びするく? 違うな。ビスマルク。」
「それがここの名前だな? おまえが指定したレストランの名前は?」

緑の瞳が驚きに見開かれ、猫耳がぴょこんと立った。

「えっ? ここ、ビスマルクっていうのか! ずっとドラクロンだと思ってた!」
「全然一致してねぇじゃねえか! なんでそうなるんだよ!」
「さあ…?」

ちゃんと考えているんだか、いないんだかわからないような様子で頭を傾げる。どうしてそうなるか自分でもよくわかっていないらしい。
まあ、半分動物みたいなやつだから(決してミコッテをバカにしているわけじゃない)、たぶん場所とかニオイとかで識別しているんだろう。うん、面倒だからそういうことにしておこう。

近くを通りがかった店員を呼んで、さっそくいくつかの料理を注文する。
この店もよく通ったもんだから、勝手知ったるもんだ。

「しばらくリムサに滞在するんだって?」
「ああ。商談をまとめるまで帰らないぞ。旅費を浮かせるためにおまえの下宿に泊めてもらうからな。」
「またそれかよ。」

露骨に嫌そうな顔をされた。そういや、シグのおっさんもムサシの家に転がり込んで、しばらく同居してたとか聞いたことがある。おっさんと同居というのはたしかにうすら寒い状況と言えなくもない。

「いや、別にさ。ママルカがイヤってわけじゃないんだよ。ただその、シグがうちにいたときにイビキがすごくてさ…。」
「あのおっさん、寝ててもうるさそうだもんな。」
「耳に綿を突っ込んでもものすごい爆音が聞こえてくるんだよ。何度かブチ切れて夜中に蹴りに行った。」
「安心しろ。おれはチャチャピの証言だとイビキはかかない。ただし屁をこく。」 
「それもイヤだな…。」
「バカいえ。屁は生理現象だぞ?」

ふうむ、よほど下宿に人を入れたくないのだろうか。何か隠し事でも?
よし、面白いからあとでベッドの下を探ってやろう。さあて、何が出てくるかな。

「ノノルカ商会は儲かってるんだろ? ちゃんと宿をとればいいのに。」
「うちの経理担当が経費を節約しろっていつもうるせーんだよ。まあ、おかげでおれが無駄な浪費をせずに済んでいるわけだが。」
「ママルカは小さいくせに冬眠前のクマみたいに食うしな。」
「人生を彩るのは食と恋とユーモアだからな。ところで、おれ、来年の春にはパパになるらしい。」
「えええ!」

ショックを与えちゃならんと思ってサラリと話題に混ぜたのに、いきなり素っ頓狂な声をあげられた。
周辺の客がぎょっとしてこちらを一斉に振り向く。そりゃそうだ。

「ママルカが…パパルカに!?」

悔しいかな、このへんのセンスは一緒だと感じることがある。ウマが合うのもそういった理由からだろう。
おれは腕組みをして得意げにニヤリと笑った。

「いいだろう。可愛いおれさまとチャチャピの子だから、きっとねぎぼうずみたいに愛らしいぞ。おまえのことはムサシおじさんて呼ばせてやるからな。」
「おじ…いや、それはやめてくれないかな…。ともかくおめでとう。なんだか俺まで嬉しいよ。」

レストランの給仕が山ほどの料理を運んできた。
リムサ・ロミンサは海に囲まれた国だから、新鮮な魚介類が豊富だ。とにかく安くて美味い。
おれが特に気に入っているのは、オリーブオイルとニンニクで魚介を煮込んだ料理。エールをちびちび飲みながら魚介をつつき、オリーブオイルにバケットをべちょべちょと浸して食うのが最高に美味い。おまけに、一緒に煮込んであるニンニクを食べると最高に芳しい屁を放つことができるのだが、このあと取引先への挨拶まわりに行く予定があるからニンニクは勘弁してやるか。

「しかし、子どもみたいなママルカに子どもがねぇ…。」
「子どもみたいってのは余計だぞ。愛らしいのはたしかだけどな。」
「はいはい。」

料理をつつきながら、ムサシがずっとニヤニヤしている。
きっと、子どもが生まれてからも相変わらずチャチャピにどやされているおれを想像して楽しんでいるんだろう。まあ、だいたい合ってる。

「子どもに汚い言葉を教えこむなよ? 俺、ドリスの前で何度か口を滑らせて叱られたんだから。」
「無理いうんじゃない。おれから汚い言葉をとったら何が残るんだ。綺麗なママルカか? やめてくれよ、想像もできない。」
「綺麗なママルカは薄気味悪いから俺もイヤだな…。」
「どういう意味だよ。失礼だな。」

それからおれたちはつまらない冗談を言い合ってゲラゲラと笑った。
おれたちの会話なんだが、基本的にこんな感じだ。喧嘩みたいな掛け合いになることも多いので、知らないやつに仲裁されてしまったことさえある。
お互いに罵ったり、どやしあったりすることもあるが、そういうのが心地良くてついこうなってしまう。
これって、どんなことを言っても相手が笑って許容してくれるとわかっているからなんだよな。つまり互いに甘えてるってことだ。

ムサシは基本的におれがなにを言ってもニコニコ笑って楽しそうにしているが、どういうわけだが、急に寂しげな顔をすることがある。
それは知り合ったときからそうで、荷運び場のみんなで飲み食いして騒いでいるときにも、いつの間にか離れてひとりでさみしそうにしているのを見た。
賑やかなのは嫌いではないらしいが、孤独癖があるらしい。リムサに行くとか言い出したときはまた悪い癖が出たと思ったもんだ。

「なあ、おまえさ。自分は天涯孤独の身の上だなんて思ってるのかもしれないけど、おれとチャチャピはおまえのこと家族だと思ってるし、親方だってそうだぞ? ウルダハはおまえの故郷でもあるんだ。遠慮しないでたまには帰ってこいよ。」
「うん。そうだね。ありがとう。」
「冒険者家業はどうなんだ? また誰かに虐められてたりしないか?」
「またブルみたいなやつに目をつけられてないかってこと?」

ムサシは苦笑して肩をすくめた。

「そりゃあ…なんだか変な目で見てくるやつはたまにいるよ。でも、シグに格闘術を仕込まれたから、丸腰でも自分の身を守れるようになったかな。」
「ほう…たとえば?」
「サウナに行ったら俺の尻尾をやたら触ってくるおっさんがいたんで、反射的に裏拳で殴ったら鼻血吹いて気絶しちゃった。」

とんでもねぇ。
こいつの背後に立つときは気をつけよう…。

ふうむ、サウナか。そういえばリムサ・ロミンサは船乗りが多いもんで、公衆浴場があちこちにあるんだった。
ウルダハと違って水も豊富だし、そこは素直に羨ましい。そういや、ブロンズレイクや秘湯にも久々に行きたいなぁ。

「リムサは水が豊富だから良いよな。温泉も出るし。おれ秘湯に行きたい。」
「秘湯? ブロンズレイクじゃなくて?」
「ああ。外地の奥のほうだ。」
「行ったことないなあ…。」

どういうことだ。この風呂好きが秘湯を知らないだと?
行く暇もないほど修行や冒険家業が忙しいとは思えないけど。

「まさかお前に限って勉強で忙しいとか言うなよ?」
「どういう意味だよ。」
「さっきもなんか分厚い本を読んでたじゃん。」
「ああこれ? 巴術の初歩教本。」
「は? 斧術士の修行をしてるんじゃなかったっけ?」
「そっちもしてるよ。巴術のほうは…ちょっと…。」

ゴニョゴニョ言って目をそらす。
嘘がつけないやつだから態度でまるわかりだ。
怪しい。とてつもなく怪しいぞ…。

「ふむ。まあ、いいか。よし、腹もいっぱいになったことだし、とりあえずオマエの下宿に連れてけ。」
「ええー?」
「えーじゃない。」
「うーん。」
「うーんじゃない。」
「はあ…。ちょっと居心地悪いけど、我慢してくれよ?」

…というわけで、なんだかすごく嫌そうにしているムサシに連れられてきたのは、船員や駆け出し冒険者が多く暮らしている下宿のひとつ。
外観は石造りの見張り櫓のようで、まるい塔にポツポツと窓があるのが見える。
荷物を抱えてやつの後ろをついて行ったら、どんどん階段を下りていって、到着したのがまさかの地下室。

「は? 地下? 部屋が地下?」

おれが露骨に驚いたら、さすがのムサシも不機嫌そうな顔をした。

「しょうがないじゃないか。適当な部屋がなかったんだし。寝るだけからいいんだよ。」
「おまえ、ネコ野郎だからってバカにされてんじゃないか? このへんの家賃相場とか、調べたか?」
「そうば?」

家賃は知っていても相場は知らなかったか。駄目だこれは。
あとでおれが調べて、もしなんなら引っ越しも手伝ってやらにゃ…。

ムサシが荷物を抱えたおれのために扉を開けてくれたので、おそるおそる部屋の中を覗き込む。
男のひとり暮らし、しかも地下室だ。キノコの一本やニ本生えていたっておかしくない。
キノコならまだいいが、腐った食べ物が放置されて蛆虫が沸いていたり、適当に脱ぎ散らかして妙にしっとりした服がすえた臭いを放っているかもしれない。それだけならまだしも、服からキノコが生えてたりしたらもう最悪だ。おおう、考えただけで背筋がぞくぞくしてきたぜ。
よく考えたらそれは昔住んでいたおれ自身の部屋の記憶なわけだが、おぞましい想像に反してムサシの部屋は拍子抜けするほどなにもなかった。

中には質素なしつらえのベッドが一台。それから古めかしいランプが乗った小さなテーブルと、ボロっちい椅子が一脚。物入れは木箱のみ。着替えなんかはいったいどうしているのか、ぱっと見ではわからない。本当に寝るためだけに帰っているらしい。
しかし地下だから窓がないし、部屋の中が暗くてなんだか息苦しい。でもこれ本当に部屋? 地下牢の間違いじゃない?

とりあえず適当な場所に自分の荷物をおろして、さてどこに腰を落ち着けようかと思ったが、椅子に飛び乗ったら壊れそうだし、他に座るところといったらベッドしかないわけだ。というわけで、おれは当然のようにそっちに座ろうとして、ベッドの下の暗がりでピカリと光るなにかに気づいた。

ん? なんでベッドの下に明かりが? と、思って覗きこんだら、それはもぞもぞと動いたかと思うと、だんだんとこちらに迫ってくる。
呆然としているおれの目の前にひょっこりと出てきたのは、全身が青く光り輝き、額に赤いルビーのような宝石をのせた謎の生き物だった。鼻をヒクヒクさせておれを見上げている。

「な…な…! なんだこれー!」
「さあ?」
「さあって、オマエ、これ飼ってるんじゃないか!?」
「よくわからないんだけど、気がついたらいた。」
「なんだそりゃーッ!」

おれを部屋に呼ぶのを渋った理由がこれか?
よくよく見ると、そいつの身体は陽炎のようにゆらめいていて実体がなかった。
幽霊? 幻? いや、違うな。なにか聞いたことがあるような気がする。異世界から呼び出して使役するための生き物がいるとかなんとか…。

「悪さしないから別に良いんだけど、寝るときに眩しくてたまらないのがちょっと困る。」

そういう問題か? ズレてる…。なにかが激しくズレてる…!
もともと順応力の高いやつだと思っていたが、突然出てきたというわけのわからん生き物と普通に暮らしていたのか。
狼狽えているおれを尻目に、ムサシがいきなり大あくびをした。

「ふあー、もうダメだ…。ごめん、ちょっと寝る。」

ベッドにぱたりと倒れこみ、そのまま眠ってしまう。
おれはぽかんとしたまま立ち尽くすのみ。

「はっ? え? おい?」

試しにムサシを揺すってみたが、すうすうと寝息をたてるばかりで目を覚ます気配もなかった。なんだこりゃ。
謎の生き物はといえば、ルビーのような赤い瞳でおれのことをじっと見ているだけ。
たしかに眩しい。こいつのおかげで明かりがいらない。しかし、まだ夕方にもなっていないのに?
ううーん、こりゃ商談以外にもやることが山程ありそうだなぁ…。

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