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短編「傷跡」

気にしていない、なんて言ったら嘘になる。

 

もう痛みは感じないし、ひきつれる感覚もない。自分からは見えないものだから、その存在すら忘れてしまう。

けれども、意気投合して、その気になって、お互い服を脱ぎ捨てたときにこいつが水を差しているのは間違いない。

ある人は黙りこくってしまい、ある人は訳有げな笑みを漏らす。

それはそうだ。俺がどんなことをしていたのか、これでバレるんだから。

 

それは百合の花を模した形で、尻尾の左側にくっきりと刻まれている。

手足を押さえつけられ、いきなり焼印を押し当てられたときの、目もくらむような激痛を思い出す。

ケシの汁を飲ませてもらったけれども、その日は火傷の痛みで一睡もできなかった。

 

それでも君は、この印のことを「キレイだね」と言ってくれた。

これがどんな意味か、どんな経緯でつけられたのかを話したのに、キョトンとした顔で、「いまのあなたとは関係ないし、ただの火傷の跡でしょ?」って。

忌まわしいと決めつけ、こだわっていたのは自分のほうだったのかもしれない。

それもそうだね、と言ったら、君は嬉しそうに笑った。

 

君がもういない今、思い出すこともほとんどなくなってしまったけれども。

ふと、百合の花の形の傷跡のことを意識する瞬間がある。

それは今でも同じ場所にあって、肉体からも、記憶からも、決して消すことはできない。

 

けれども、もうそれを忌まわしいなどとは思わない。

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