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番外編第ニ話「秘湯とおれとネコとネズミ」

ムサシが眠っている間におれがやったこと。
予定してあった取引先への挨拶まわり。それが終わってから下宿近辺の相場調べ。それから、気になることがあって巴術士ギルドに寄って調べ物。おれって働き者だよな。

商談の手応えは上々だった。コスタ・デル・ソルの富豪と取引のある商会らしいのだが、挨拶ついでに持参した装飾品を見せたら、「もっと見せろ」「他にはないのか」「なんでもいいから売れ」とせがんでくる勢い。
話を聞いてみたら、富豪が囲っている踊り子たちのために大量の装飾品を集めているそうで、このあたりではあまり見ない珍しいデザインにさっそく食いついたらしい。
後日あらためて他のものを見せると約束しておれは退散し、追加で適当な装飾品を送って欲しいということ、商談の掴みは上々だということをチャチャピ宛の手紙にしたためた。

ムサシの下宿近辺の相場を調べるのは簡単だった。
冒険者ギルドに出向いて下宿を探しているということを伝えたら、手頃な空き部屋をいくつか教えてくれたので、相場はすぐにわかった。
ちなみに、どれもこれもごく一般的な部屋で地下室というのはなかった。いったいどう探したらあんな部屋を見つけられるんだ?
まあいい。ちょっと良さ気な部屋もあったから、あとで引っ越しを提案してみよう。

巴術士ギルドのほうは入門を考えていると適当なことを言って、蔵書を読ませてもらった。
巴術士ってのは呪術師と同じく魔法を操る職なんだが、決定的に異なるのは「異界から呼び寄せた魔法生物を使役する」って点だ。呪術師ギルドに入門したときに別系統の魔術があることは聞いていたが、最近になってリムサ・ロミンサで体系的に学べるようになったらしい。

…てな感じで用事を済ませたら、さすがにとっぷりと日が暮れてしまった。
下宿に帰ってみると例の生き物が部屋の中央でぼうっと光っているだけで、ムサシの姿がなかった。
またあいつふらふらしてんのか…と思って、近所を探してみると、下宿のそばの波止場で釣り糸を垂らしているネコ野郎の姿があった。笑っちゃうことに、となりに野良猫が一匹並んで座っている。
こうしてみると、二匹、いや失礼、ひとりと一匹が仲良く尻尾を揺らしていて面白い。
おもむろに近寄っていって釣果を確認したが、バケツの中身は空っぽだった。

「やあ、おかえり。」
「やあ、じゃないぞ。さっきはいきなり寝ちゃってさ。おれも用事があって出かけたからいいけど。」
「ニャー。」

代わりに返事をしたのはムサシの隣におとなしく座っていた縞々の猫だ。
どうも釣りの獲物を待っているらしい。
ムサシが猫の頭を撫でると、猫はムサシの膝にひょいと飛び乗って頭を手に押し付けた。もっと真剣に撫でろという仕草だ。

「ごめんごめん。最近なんだか疲れやすいんだ。それであんまり遠出もできなくて。」
「おれ、その理由知ってるぜ? 聞きたいか?」
「ええっ?」

びっくりしている。ふはは。またママルカ様の博識を披露してしまうようだな。
博識っていうか、今さっき調べてきたことなんだけど。

「あの謎の生き物、あれがおまえのエーテルを食ってる。あいつがいる限り、おまえは何をしなくても疲れる一方だぞ。」
「あいつが…道理で小魚を食べないわけだ…。」

野良猫かよ。

「だいたい、あれはおまえが召喚したものだろう? 用事が済んだら帰さないと。」

ムサシの耳がぺたっと倒れた。尻尾も元気なくだらりとする。
それだけで回答までわかってしまった。おれ、なんて勘が良いんだろう。勘が良すぎて、事前の下調べまで済んでるしな。
おれは腕組みをしてふんぞり返った。

「ママルカ様、アレの返し方を教えてくださいと言え。」
「ママルカ様、アレの返し方を教えてください。」
「ムサシにしては素直だな。よろしい。」

そういうわけで、さきほど調べてきた知識を総動員して、あの謎の生き物を異界に返す方法を教えた。
実はごく単純なことだ。アレに向かって「もう用事は済んだからさっさと山へ帰れ」と強く念じるだけでいい。
一緒に部屋に戻ってさっそくムサシが試してみると、謎の生き物はぴょこんと空中に飛び上がり、くるんと一回転すると小さな光の玉になって消えてしまった。
あまりにあっけなかった。いきなり驚きの声をあげたのはムサシだ。

「うわ! 何だこの部屋真っ暗だな!?」
「地下室なんだから暗いに決まってるだろが!」
「今まであれがいたから気にならなかったんだよな。そういえば俺、暗いとこよく見えないんだった。」
「アホかー!」
「もういいや、今日はもう寝よう。おやすみ。」
「あっ! 問題を先送りしてそうきたか!」

相場を調べてきたこと、良さ気な部屋を見つけてきたことを伝え損ねたが、今はまだ甘やかすときじゃないな。
さすがに到着初日にいろいろやりすぎて疲れたし、おれも寝るか。ふあー。

番外編第1話

番外編第2話

ベッドが一台きりしかないんだから、仕方なしに同衾だ。
やつは身体を丸めて眠る癖があるし、おれはこのとおり小さいからなんら問題ない。荷運び場でもよくこうやって一緒に雑魚寝したもんだ。
そしたら、朝起きてムサシがぽろっと「シグと寝たときは首に太い腕を乗せられて苦しかった」とかなんとか爆弾発言をしたもんだから、さすがのおれもびっくりしてしまった。

「え? なにそれ? 同居していたのは、つまりその…。」
「ちがう!」

ああびっくりした。
実はチャチャピから、こいつがドリスの薬を工面するために高級娼館の売れっ子になってたとかいう仰天話を聞かされていたもんだから、もしかしておっさんと恋仲になっていたんじゃなかろうかなどと考えてしまったのだ。
いやいやまさか。まさかそんな。仮にそうだとしたらめっちゃ面白いけど。

「うーん、久しぶりに良く寝たなぁ。アレがいたときは起きてもなんだかすっきりしなくてさ。」

ムサシが言うには、この部屋を借りたときに前の持ち主が巴術の初歩教本を忘れていったらしく、試しに読んでいたらアレがいつのまにかいたそうだ。
巴術士ギルドにはちゃんと入門したのかと聞くと、それは考えてもみなかった、とのこと。
教本を読んだだけで召喚に成功してしまうんだから、ある意味期待の大型新人と言えなくもないが、こいつはこういう肝心なところが抜けてるんだよな。

「昨日のうちに挨拶まわりは済ませてきたし、今日は弁当持って秘湯に行ってみるか?」
「秘湯! 行こう行こう。」

ムサシの目が期待にキラキラと輝き、尻尾がそわそわしはじめた。なんてわかりやすいやつ。
こういう反応が嬉しくて、おれはついついやつの面倒をみてしまうのだった。
それでチャチャピが焼き餅を焼いておれにビンタか飛び蹴りを食らわすのがいつもの黄金パターンなのだが、チャチャピもムサシのことは嫌いではないらしく、おれがいない間はあれこれ世話を焼いていたらしい。
総合すると、なんだか放っておけないのがやつの最大の特徴だ。だって野良猫みたいだしドジなんだもん。

というわけで、おれたちは食堂で朝飯を食い、ついでに弁当も包んでもらって秘湯に向かうことにした。
秘湯への行き方はこうだ。
まずリムサ・ロミンサから小舟で西ラノシアのエールポートへ。
そこから徒歩で高地ラノシアに出る。さらに高地ラノシアを突っ切って外地ラノシアへ。外地ラノシアのさらに一番奥が秘湯と呼ばれる隠者の滝だ。
どうしておれがそこに行ったことがあるかというと、リムサ・ロミンサに短期間住んでいたころ、背中の火傷の跡に効くと教えてもらって、何度か温泉に浸かりに行ったから。
崖っぷちの滝のそばに茹で上がるほど熱いお湯がこんこんと湧き出ていて、そばには休憩もできる掘っ立て小屋があり、傷病者や癒やしを求める冒険者たちに人気だ。たまにいちゃつく目的でカップルが来ていたりするが、そういうのを冷やかしても面白い。

おれたちはくねくねとした山道を呑気に歩きながら、昔の思い出話を語り合った。
第七霊災のちょっと前、おれは不滅隊に志願してカルテノーに行っていたから、あのときウルダハで何があったのかはよく知らない。
ムサシとチャチャピの話によると、ウルダハにも火球がいくつも降ってきて尖塔がぼっきぼきに折れたんだとか、上層が火災でてんやわんやだったとか、災害に乗じてアマルジャ族まで攻めてきて大変なことになったんだとか、そんな感じ。
シグのおっさんはそのときにムサシを助けて知り合ったそうなんだが、これがまたなんだかややこしい話で、実はムサシを帝国のスパイじゃないかと疑って近づいたらしい。
こんなドジにスパイが務まるわけねぇだろとおれは即座に思ってしまうわけだが、冒険者稼業の傍ら、ときおりシグからの依頼もこなしているということをムサシは話した。

「それでさ、あの、ちょっと頼みにくいことがあるんだけど…。」
「ん? なんだ? 投資した金をさっそく返して欲しいか?」
「いや、そういうことじゃなくて…。」

ムサシがなんだか言葉を濁していたら、山道の一番狭いところに、腕組みしたキキルン族が立ちふさがっているのが見えた。
キキルンっていうのはネズミみたいな背丈の小さな獣人で、ウルダハの近くにも集落を作ってたくさん住んでいる。
馬鹿だし、ネズミらしく不潔なので、まともに相手をしているやつはいないが、アマルジャ族のように邪悪なタチではないので、なんとなく共存しているという感じだ。

「おまえら、この先に行きたいならチャリチャリ出すっちゃ。」

前言撤回、邪悪なキキルン族もいる。
こいつがチャリチャリと呼んでるのはエオルゼアで流通しているギルのこと。

「はあ? なんでおまえに金払わないといけないんだ。」
「チャリチャリ持ってるのはわかってるっちゃ。そこでジャンプしてみるっちゃ。」

ムサシが懐に手を突っ込んでなにやらゴソゴソしている。
え? なに? あっさり払っちゃうわけ?

「払う気になっ………ちゃあーッ!」

キキルンが残像を残していきなり真横に吹っ飛んだ。
ムサシのまわし蹴りがキキルンの側頭部に決まったようだ。なんて容赦のないやつ。

「き…汚い! このネコやろう汚いっちゃ!」
「不意打ちに綺麗も汚いもあるか。」
「卑怯! あまりにも卑怯っちゃ! 許しがたいっちゃ!」
「善良な市民からギルを巻き上げようとしたネズ公がなに言ってる!」

ネコとネズミの喧嘩か。これはジワジワくるぞ。
しかしこのキキルン、ウルダハ近辺に住んでる連中に比べて語彙が豊富だし、なんとなく知性も感じるんだよな。
あ、そういえば、リムサはウルダハみたいな獣人排斥令がないから、国内でキキルンが商売してるんだった。
案外、知能が高い連中なのかもしれない。

「怪我の治療費を請求するっちゃ! チャリチャリ出すっちゃ!」
「そんなもん、温泉に浸かっとれば治るわ!」

やつらの低レベルな喧嘩が面白すぎてついゲラゲラ笑ってしまった。
仕方ないなあ。そろそろ助け舟を出してやるか…。

「なあ、おい。キキルン。名前は?」
「ママルンっちゃ。」

今度はムサシが盛大に吹き出した。
え、そこは笑うところ? おれと名前がちょっと被っただけじゃん…。

「ママルンさ、なんでチャリチャリ欲しいんだ?」
「チャリチャリ貯めて、お店を出すっちゃ。」
「ほう?」

人から巻き上げた金で店を出そうとはネズミの浅知恵もいいところだが、金を貯めて商売したいとはなかなかの野心家じゃないか。
名前も部分的に一緒だし、ちょっと親近感を覚えてしまった。

「おれな、ウルダハで商会やってるんだ。おまえ、もしよければうちの商会で働かないか?」
「ええー!」
「アイエエエー?」

ネコ野郎とネズミ野郎が同時に驚きの声をあげた。
うん、おれもなんか勢いでこんなこと言っちゃって驚いてる。

「来年の春にうちの奥さんに子どもが生まれるんだ。だから人手が足りなくなる。ウルダハは獣人排斥令があるから連れて帰るわけにはいかないけど、リムサに営業窓口が欲しいと思ってたところだ。おまえに見どころがあるなら店を任せてもいいぞ。チャリチャリだって数え放題だ。どうだ?」
「ママルカが…パパルカになるから…ママルンを雇って…あっはっは!」

なにが面白いのかわからんが、ムサシが呼吸困難になるほど馬鹿笑いしている。
共通語で思考してるわけじゃなさそうだから、言葉遊びが笑いのツボに入ってしまったんだろう。
ママルンは興味津々といった顔で長いヒゲをひくつかせている。
キキルン族を店長にするとか前代未聞だし、このネズ公が悪知恵を働かせないかという心配もあったが、こいつは存外使えるという妙な直感があった。

「チャリチャリもらえるっちゃ?」
「働いたら働いた分だけチャリチャリはくれてやるぞ。」
「やるっちゃ。」

即答かよ。

「だが、ここを通るためのチャリチャリはくれてやらん。」
「くれないっちゃ?」
「なんでお前に通行料払うんだよ。」
「こら、堂々巡りになるから喧嘩をふっかけるんじゃない。」

話は簡単だった。
弁当を分けてやると言った途端、ママルンはチャリチャリを諦めておとなしくついてきた。
なんだ、腹減ってただけか。

というわけで妙な邪魔は入ったが、おれたちは無事、隠者の庵、通称秘湯に到着した。
先客がいるかと思ったのに誰もいない。おれたちの独占のようだ。

「おおー!」

ムサシが歓声をあげたかと思うと、いきなり服を脱ぎ捨てて素っ裸で温泉に飛び込んだ。動物か!
一方のママルンはというと、不機嫌そうにして温泉の縁から動こうとしない。

「ママルン、毛が濡れるのは嫌いっちゃ。ネコ野郎は馬鹿だから喜んでるっちゃ。」

幸いにも向こうではしゃいでいるムサシには聞こえなかったらしい。ちょっと同感だ。
おれは文化人なので、持参した荷物から水着を引っ張りだした。おれたちだけならまだしも、いつ誰がくるかわからないしな。

「そうはいっても風呂に入らないと臭いぞ。臭いとチャリチャリ稼げないんだからな?」
「それは困るっちゃ。どうすればいいっちゃ。」
「布を濡らして堅く絞って、それで体をゴシゴシこすればいい。」
「わかったっちゃ。」

布を渡してやったら、本当にゴシゴシと身繕いをはじめた。
儲けるためなら己のポリシーも曲げるとは、キキルンのくせになかなかやりおる…。
一方のムサシはというと、熱湯が湧きだしているところに突っ込んでしまったのか悲鳴をあげている。アホなのかな?

「うあっちゃっちゃ! あつい! ここ熱い!」
「源泉が湧いてるとこは熱いっていったじゃん! 火傷するぞ?」
「温泉をみたら飛び込みたくなるのが人情ってもんだろ?」
「知るか!」

さっさと水着に着替えると、おれも温泉に浸かった。
ここの滝壺近く、水が適度に湯をさましてくれるところがベストポジションなんだ。
目を閉じると聞こえてくるのは滝壺に落ちる水の音、鳥の声。頬を撫でる風が気持ちいい。温泉最高。
えーと、こういうときなんか唱えるんだったけな…ゴクラクゴクラク(意味はよくわからない)?

「なあママルカ、あのネズミ、どうするんだ?」

まったりと温泉を堪能していたら、いつの間にかとなりにムサシが来ていて、小さい声で耳打ちされた。

「え? 雇うっていったからには雇うぞ? 有能なら獣人でも採用する。」
「身元もよくわからないのに、よく決心するなぁ。」
「もし使い物にならないなら解雇するだけさ。雇う前から獣人だからって差別するのは良くないだろ。」
「そうか…そうだな。俺、心が狭いのかもしれないな。さっきは悪いことした。」

ムサシは肩をすくめて笑った。
そこでふとママルンに目をやると、いつのまにかおれの荷物を漁って勝手に弁当を食っているところだった。
獣人だからといって差別は良くない。それはおれのポリシーでもある。
だが、あの野郎には文化的な教育が必要なようだな。

「おいムサシ、遠慮はいらないから、あいつに礼儀を教えてやってくれ。」

ママルンはムサシの容赦ないかかと落としを食らって大人しくなった。
人の弁当を勝手に食べると痛い目をみるということを身を持って学んだようだ。

ママルンがおれの弁当を食い散らかしてしまったので、おれは仕方なくムサシと弁当を分けあった。
当然だが足りない。せっかくこれを楽しみにしてきたのに、とんでもないネズ公め。
秘湯を堪能してリムサへと帰る道すがら、ママルンがぽつりとつぶやいた。

「弁当ってやつ、あんまり美味しくないっちゃ。がっかりっちゃ。」
「おまえ、人のモンを食っといてよく言うな。またムサシの蹴りを食らいたいか?」
「ネコ野郎の蹴りなんか怖くないっちゃ。」
「わかった。じゃあもう店は任せないしチャリチャリもくれてやらん。」
「申し訳ないことをしたっちゃ。深く反省してるっちゃ。」

なんだかこいつの操縦方法がわかってきたような気がする。
そんなわけで、余計なやつを伴っておれたちはリムサ・ロミンサに戻ってきた。
弁当だけでは物足りなかったので、広場の屋台で簡単な飯を食べる。誰も奢るなんて言ってないのに、ちゃっかりママルンまで焼き鳥をムシャムシャ食っていた。
で、飯のあとは当然のような顔をしてママルンまで下宿についてくるもんで、ムサシがこれまた露骨に嫌そうな顔をした。

「なんでこいつまで俺の部屋にくるわけ?」
「今から追い返すのも可哀想だろ。今日はとりあえず泊めてやろうぜ。」
「ネコ野郎、細かいことは気にするんじゃないっちゃ。」
「ほお…。今度はどんな技を食らってみたい?」

溢れんばかりの殺気を隠そうともせず、ムサシがママルンに迫る。
だが、部屋に入ったママルンがたいそう居心地が良くて素晴らしい部屋だと大絶賛したもんで、ムサシも機嫌を直したようだった。
なるほど、キキルン族はじめっとしたところが好きらしい。

「まあ、俺も明日から仕事を再開するし、日中は留守にしてるからいいけどさ。」
「おれはウルダハから追加の荷物が届くまでは留守番かなぁ。荷物が届いたら商談で忙しくなるけども。」
「商談でチャリチャリもらえるっちゃ?」
「チャリチャリを稼ぐための話をしにいくのが商談だ。楽しいぞ?」
「なるほどっちゃ。」

ぽんと手を打って、長いヒゲをひくひくさせている。
こいつ、本当にわかってんのかなぁ…。

夜も更けてきたが、さすがにネズミと同衾するのはイヤだとムサシが言うので、ママルンのために魚醤からもらってきた木箱とボロ布で寝床をこしらえてやった。
木箱が魚臭くて辟易してしまったが、ママルンは逆にそれが気に入ったようで、良い寝床だと喜んでいる。
キキルン族の感覚がいまいちよくわからない。

「そうだ、良さそうな部屋を見つけたんだった。おれたちはそっちに引っ越して、ここはノノルカ商会が借り上げるってのでどうだ? 商会の倉庫も必要だし、ママルンが町で寝泊まりするときはこっちのいいみたいだしさ。」
「ん? 俺は寝られるならどこでもいいよ。」
「よし、じゃあ決まりだな。明日さっそく部屋を押さえて引っ越ししようぜ。」

さすがにもう瞼が重たい。
ベッドによじ登って身体を丸めたら、急激に暗闇が迫ってきた。
ん? そういえばなにか忘れてるような気が…。

「ムサシ、お前なにか言いかけてなかったっけ? おれに頼みごとがあるとか、なんとか。」
「ん? ああ…。そんなに…急いでることじゃ…。」

返事の途中でもう寝てるっていう。
ふむむ、本人がそういうならたいしたことじゃないのかな。
おれも半分夢うつつになりながら、リムサ・ロミンサの支店長としてネズミを雇ったという話をチャチャピにどう言い訳しようかと考えていた。

(つづく)

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